私は,ライフログというものには2方向のベクトルがあると考えている。
一つは,病歴や投薬履歴,人の思想にかかわる読書履歴など,より個人のコアに向かうベクトルだ。非常にセンシティブなプライバシ情報を事業者が蓄積することを疑問視する意見もあるが,個人の情報を正確に保管することは,その人自身の健康や生活を保障する上で有用だ。医療に関していえば,複数の医療機関で医療行為を受けた場合に,二重診療や薬の二重投与を回避できる。ただし,これらの情報は,センシティブであるがゆえに本人しか閲覧できないように管理し,第三者に提供する場合は完全に本人の同意を得る必要がある。
もう一つは,全く逆に外へ発散するベクトルだ。ライフログの中にある普遍的な価値のある情報を,匿名化したサンプルとして外部に提供していく。私の場合であれば,2010年に生きている男性の一つのサンプルとして,行動や購買の履歴を社会やビジネスのために利用してもらう。また,医療の情報についても,医療情報だからとタブー視せずに,匿名化した上で人類に普遍的な情報を抽出し,医学の発展のために活用する。
このように,ライフログにはコアへ向かう情報と外へ発散する情報の二つのレイヤーがあり,その中間に個人情報保護法で保護されるべきデータがある。この三つを明確にして議論を進めていく必要がある。
– [全体像]イノベーションを起こす法律運用を考えよ - キーパーソンに聞く!ライフログの法・制度の課題:ITpro (via akihero11) Via akihero's note
火曜日 4月 13thに公開