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いまの私にとって、「演劇」とは「関係性」である。

「関係性」とはなにか、といえば、俳優同士のことでもあるし、俳優とお客さまのことでもあるし、俳優と役柄のことでもあろう。主にこのへんが演劇の大事だと思うし、関係性だと言い切る根拠である。結局、物語も演出家もスタッフも、以上を補強するものでしかない、というのが私の意見。

他の演劇や前回の上演と比較されることは困らないので、どんどんやっていただいていい。その上で、自分が大切にしていることを理解していただければ、いよいよありがたい。

俳優に求める要素を聞かれることも多い。「勇敢であること」と答える。なかなか理解されないが。賢い俳優が、戯曲を読み込んで、素晴らしいプランを練り上げてくる。それは良いこと。しかしそこから変化が起きなければ、私にとってはつまらない。一人で行う作業で完結したいなら、小説でも絵画でも、他の芸術がいくらでもあるだろう。あるいは一人芝居でも良い。ただ一人芝居であっても、演劇である限り、その場の観客と毎回新しいステージを作る、そこで関係を結ぶということから逃れられない。共演者から、観客から、毎日新しいものをもらい、更新していくのが演劇だ。稽古場で作りこんで「これで完成だ」という考え方は、確かな足場を築いてから戦おうという姿勢は、私にとっては演劇的に思えないし、面白くない。

自分が気持ちよくなるために舞台に出るとか、自分が輝くために舞台に出るとか、そういう俳優は多いし、べつに否定はしない。ただ私はそういうひとと仕事したくないし、そういう演劇は面白くないし、そういうひとたちの演劇は、結局本人にとっても気持ちよくないんじゃないかと思うの。天井が近い。

私にとって気持ちの良い演劇は、作品のために献身し、共演者が輝くパスを出し、お客さまが気持ちよくなったり気持ち悪くなったりする、そこまでいけば舞台上と客席の境目が曖昧になるほどの関係性が出来上がっているわけで、その状態が演劇だと思うのだ。

時間堂2009blog:【長文】黒澤世莉の演劇について - livedoor Blog(ブログ) (via akihero11) Via akihero's note
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